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登山

2009年10月16日 (金)

10.15釈迦が岳

秋の日の穏やかな時間、午後からではあるが出掛けた。目的地は釈迦が岳。甲府を12時半に出て、黒岳と釈迦が岳の分岐点にある林道にたどり着くまで一時間かかった。釈迦が岳は標高約1600米だが、此処まで登ってしまうと頂上までは約一時間の道のりだ。標識には65分とあったが、わき目も振らずに歩いて50分で頂上に着いた。クヌギや楢の灌木が多く信州や東北にあるような鮮やかな紅葉は見られない。山道にどんぐりがたくさん落ちていたので孫のお土産にした。2009_101520090004 2009_101520090009 2009_101520090014

2009年9月22日 (火)

9.22瑞垣山

山梨百名山 瑞垣山 九月二十二日

朝、6時出発。同行はM氏、五日続く連休の狭間、手頃な山ということで瑞垣山にした。7時半登山口出発、殆ど登りっぱなしの山だが、瑞垣の見晴台に8時着、富士見小屋に9時、そこから一時間半で頂上に着いた。お天気は今日は午後から雲が出るという予報だったので、早めに登山を開始したのが幸いし、金峰、小川山の秩父連山、南アルプスの峰々が遠望できた。標高2232米となると空気は流石冷涼、紅葉にはまだ早かったが一部色づいている木も見られた。八雲の営業部長のD氏と偶然一緒になったので、それからは三人一緒に行動し、増富の湯でゆっくりと汗を流した。三時前には帰宅、お疲れさんでした。2009_09222290020 2009_09222290014 2009_09222290024 2009_09222290018

2009年8月 8日 (土)

八月七日木曾御嶽山

雨中山行 木曾御嶽山 八月七日

今年の夏は近年にない不順な天候が続いて、梅雨明け宣言はとうに終わっているのになかなか本格的な夏はやってこない。後数日すればお盆さんが始まってしまう。とにかく出掛けよう。ということでM氏と出掛けた。朝4時半に前のセブンイレブンで落ち合う。行き先は木曾の御嶽山。木曾の中乗さん、木曾の御嶽山はなんじやらほい、夏でもー寒いよいよいよい。民謡の歌で有名、信仰の山でもある。中央道は塩尻で降り、中仙道を走る、深い山間に切り開かれた道だ。木曽路は深い山の中にあった、島崎藤村の小説の出だしが思い出される。三時間半走ってやっと開田高原の登山口に着いた。長野県に入る頃から振り出した雨は着いたころには本格的に降り出していた。天気予報では今日は曇りのはずだが、台風の発生で前線が刺激されているのかも知れない。完全防水の体勢で出発したのが837分。クマザサの生い繁った急坂を抜け、シラビソの群生している山道を登る。突然10米はあろうかという木が音を立ててドサツと倒れる珍しい光景に出くわした。雨で地盤が弱くなっている為と思われる。厚手の板や丸太が敷いてある山道は雨で実に滑りやすい。五、六回は転んでしまった。二時間半歩いたところで、どちらともなく「どうしよう」と声を出した。まだ5時間は歩かねばならない、雨は今日一日降り続く、御嶽山と気軽に言っても標高三千米、高くなれば気温も下がる等等を考慮して引き返すことにした。ゴアテックスの防水服を着てても、パンツまでビッションション、足元は滑りやすく、引き返すのは賢明な判断だったと思う。冷静沈着なM氏に感謝したい。2009_0808880011 2009_0808880012

2008年10月21日 (火)

10月21日上日川、湯ノ沢峠

紅葉

秋の夕日に 照る山 紅葉

濃いも 薄いも 数ある中に

秋を彩る 楓や蔦は

山の麓の 裾模様

朝から青空が広がり爽やかな秋日より、もったいないので大和路へ

といっても甲斐大和駅の先を左に折れ田野を過ぎて焼山沢林道に向かう

途中嵯峨塩鉱泉へ行く道との分かされを右に入りぐっと狭まった林道を登っていく

湯ノ沢峠への登山口で車を降り歩き始める 時間午後2時40分

歌の通りの景色を満喫できました2008_102110210021 2008_102110210018 2008_102110210023 2008_102110210028 2008_102110210037 2008_102110210007

2008年9月28日 (日)

9月28日黒川鶏冠山登山

Dscf6558 Dscf6550 Dscf6545 2008928日 黒川鶏冠山 登山

6時起床。天候は曇り。昨日は快晴だったが今日は一日気温も低く曇りの予想。準備して632分出発。北バイパスから春日居、万力を抜け三冨へ行く道を途中右に折れ、塩山の市街地を通って神金から柳沢峠に向かう。日曜日で朝早いため車の往来が殆どない。商店のシャッターも殆どの店が下りている。柳沢峠から約1キロ下ったところに落合という部落があり、廃校になった校舎が一つの目印だったが国道から離れたところに建っているためチョット迷った。8.32分登山口出発。手書きの道標があるだけ。一応山梨100名山の一つなのだからもうチョット丁寧な案内板が欲しいと思う。道は比較的広くて歩きやすい。傾斜も緩やかだ。この地区一帯の山は東京都の水源を確保する為の特別の山なので手入れが行き届いているようだ。ゴミなどはひとつも落ちていない。橅、カエデ、楢、カラマツ、等の広葉樹が見事だ。登山道の道路沿いの石や倒木にコケが一杯生えていて雨が多い事を物語っている。横手山峠9.10着。黒川山9.40分着。見晴台で一休み。曇りの為遠くは見えないが黒々した森の繋がりを確認。10.10分鶏冠山頂上の神社に朗君の健やかな成長を祈る。1119分登山口着。登山ガイドでは4時間と書いてあったが3時間足らずで着いてしまった。登山よりもトレイルラニングのほうが向いているかもしれない。

2008年9月10日 (水)

9月10日前三の頭登山

Dscf6538 八ケ岳連峰、権現岳前衛前三つ頭(2364米)9月10

一昨日の月曜日から秋らしい天候になってきたので、心が落ち着かず出掛ける事にした。といっても今日は町内の有価物の当番月。従って5時半起床6時から約一時間、回収作業に参加する。それから一旦自宅に帰り、水着を持って仲楯に向かう。日課の水泳をし(約800米)、帰って食事をし、会社の様子を見て910分出発した。小淵沢インターで降り八ヶ岳横断道路を通って天女山入り口を入り駐車場に着いたのが1020分頃。登山の身支度をしていざ歩き始めたのが1030分、八ヶ岳登山をするにはチョット遅い。往復の時間を考えると三つ頭まで行けるかどうかだ。いずれにしても自分の体調も考え、今日は5時間の範囲内で歩く事にした。お天気は上々だが日がすっかり上がっているので結構暑い。標高2000米の看板があるところまでは歩きやすい山道だった。しかしそれからの道は勾配がきつく正直しんどかった。前三つの頭についたのが1310分だったので大体地図に記載されてる通りだったが、それから三つ頭まで往復2時間見ると今日の予定時間である5時間をオーバーしてしまうので今日はここで引き返す事にする。気にしていた左足の小指も痛まないのでホットする。登山口まで戻ったのが1450分でした。九月に入り平日でもあったので登山者も少なく静かな山旅でした。写真の説明。前三つの頭から富士山の方面を望む。

2008年7月28日 (月)

7月27.28燕岳登山

2008_07280048 青空に白樺が映える。豪雨の後の夕焼け、日が落ちた後の小焼け、素晴らしい景色でした。コマクサの可憐さ。

2008_07280112 2008_07280089 Dscf6488 Dscf6436 Dscf6495

7月27燕岳登山

727日、28日燕岳登山

726日、M氏のバンで夜11時甲府を出発。中央道昭和のインターから長野道に入り、大糸線穂高駅前に12.47着。くねくねした細い道を通って中房温泉に130分に着いた。真夜中の運転なので殊の外神経を使う。だが、所要時間2時間半予想外に早かった。座席後ろの広いスペースに身体を横たえ仮眠、420分起床。早速身支度を整え727日。午前5時、登山開始。天候は曇り。土曜日なので登山者は多い、燕岳は北アルプスを目指す登山者が一番初めに目指す山で取っ掛かり易い山で人気が高い。私は今回三度目、五年ぶりだが今回通風という何時発生するかわからない病臥を負っているので水の補給だけは気をつけねばならない。第3ベンチam6.45

富士見ベンチ7.22.合戦小屋7.08着。八分の一800円のスイカをN氏と分けて食べる。高いスイカだとは思ったが甘くて水分たっぷりうまかった。燕岳の出会い9.35着。頂上に着いた。所要時間4時間半。天気は快晴。槍ヶ岳の勇姿が見える。北アルプスの象徴的存在だ。大分早く着いたので、どうしようかと色々考えたがN氏と相談の上午後の天候がどうも不安定なので大天井岳行きは見合わせて燕の頂上一帯をゆっくり散策する事にした。結果的にはこれが大正解で午後2.30ごろから約3時間豪雨が降った。甲府に28日帰ってから妻に聞いたことだが、甲府でも雷を伴った物凄い雨風があったそうだ。日本全国が昨日から大気の状態が不安定で今日も関西地方を中心に雷雲が発生して集中豪雨があり死者が何人か出ているようだ。さて燕の頂上周辺では砂礫上にコマクサの群落があり可憐な花を咲かせていた。又、雷鳥が一羽我々を全然恐れることなく砂遊びをしていた。行き交う登山者もそれぞれが挨拶を交わし久しぶりに幸せな気分だ。近頃、巷では刺したり刺されたり、殺伐な事件が頻繁に発生しているが、ここ山では行き交う人々が必ず挨拶を交わす。交わす相手の女性も美しく見える。翌日7.28am5.10出発。雨模様。時間が経つに従って本格的に降ってきた。雷も間断なく聞こえる。狭い登山道を雨水が濁流になって流れ落ちる。こんな悪天候の中でも登山者は結構多い。5.46合戦小屋。6.07富士見小屋。6.293ベンチ、6.552ベンチ、7.13第一ベンチ。7.41登山口着。所要時間2時間41分、お疲れ様でした。Mさん、いろいろ気を使ってくれて有難うございました。

7gatsu

2008年5月10日 (土)

穂高

Dscf0508 もう、5,6年前になるかな。前穂から奥穂へ向かった時のジャンダルムの雄姿。

2008年4月21日 (月)

2/20雪頭ケ岳、鬼ケ岳、王岳

朝7時我が家をでる。M氏が一緒だ。天候は曇り。登山口の西湖、根場漁民荘前の駐車場に7.50分に着く。早速出発。この地は昭和41年台風が直撃し数百人の犠牲者を出した場所で、まだ出来て新しい堰堤が二、三ヶ所ありその横の急坂から一気に登った。空気は冷たく、楢やクヌギの木々、その他の小潅木にはまだ一葉の葉も付いていなかった。10時30分に雪頭ケ岳に着く。富士山が真正面に見えるが真ん中から上は厚い雲に覆われていて残念。山中湖が胃のような形をして遥か遠くに見えた。途中橅の巨木が何本かまとまって生えているところがあった。どんぐり目当ての熊や猪が生息しているのだろう。ところどころに雪の塊が残っており、所変われば温度も変わるものだとしみじみ思う。鬼岳に10.45着。直ぐ鍵掛峠に向かう。途中気が付いたんだが、当初は本沢川を鍵掛峠に向かって王岳に登る予定だったのだが、途中気が付いて予定より二時間ほど余計に歩くことになったので余りぐずぐず出来ないのだ。アルプス等の高地と違って、どうしても気軽に考えてしまって、反省する事頻りである。11時30分鍵掛峠に着いた。それから幾つかのアップダウンがあり王岳には12.50着。此処から精進湖の湖岸までは二時間半はかかる。かなりバテテきた。現在の私の足では一日6時間が限度である。M氏が年にしてはお若いですねとおだててくれるので素直にそれに従うことにした。PM2.30五湖山に着く。今一息だ。PM3.15人里に着いた。バスが無いので。湖畔の民宿の奥さんに無理を言って西湖の根場まで送ってもらう。歩けば二時間はかかる距離だ。湖浜荘園の奥さん有難うございました。2008420_011

2008年4月20日 (日)

4/20

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We started at 7a.m. from Kofu. Weather was cloudy but no rain. Arrived at Nenba at7.50. Got started at 8a.m.along the river Higasiiri. The air was  chilly but good tofeel.The mountain path was steep.The leaf buds ware still  hard and solid. We even saw lumps of snow .Arrived at Onigatake at 10.45.Arrived at kagikake Touge at 11.30.Arrived at Oudake at 12.50.Arrived at Shooji Bus stop at 3.15.p.m..We walked and walked almost seven hours and thirty minutes.Naturally very tired. 2008420_020

2008年3月18日 (火)

九鬼山

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2008年3月16日 (日)

九鬼山(980米)

316日 九鬼山(くきやま)登山 天候晴れ 気温4月中旬(16度)

AM7.05我が家を出発。富士急行線

田野口駅

の南二つ目の信号を左折、細い曲がりくねった道を通る。踏切が二箇所あり、大型車だと車輪を落としそうな幅員の狭い踏切を渡る。改めて登山の時は軽に限るなと思う。AM8.07登山口着。池の山コースをとる。30分ほど急坂を登り、鞍部に出る。又15分ほど登り鞍部に出る。前方に富士山、右に三つ峠、高川山、眼下には中央道、リニア実験線、富士急行線が時々プアーと間延びした警笛を鳴らしながら走っている。中央道を走る車の走行する音が間断なく聞こえる。AM8.45より40度近い急勾配の坂道を一気に登る。約一時間。そして開かれた場所に出た。そこからは頂上はすぐらしい。持参した握り飯をほうばる。正面に富士山が薄もやのかかった淡青色の空に雪を被った姿を見せている。写真を撮るには相当コントラストを強くしないと富士山が回りに溶け込んでいて撮れないように思う。富士山を見ながら丸太の上に上りショウベンをした。黄金の飛沫は大きく天空に舞い上がり、弧を描きながら枯れ草にシュシュシュと染み込んでいった。他に登山者がいれば出来ないことだ。

AM10.頂上着。標高970メートル。一応山梨100名山の一つだ。写真を撮り、10分ほど休んで札金峠を下りて1110分、車を置いた地点に着いた。富士吉田の支店に挨拶し、お墓に詣で、最後御坂の湯に注文のお茶を届け、PM,1.30我が家に着いた。