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日記・コラム・つぶやき

2009年11月 3日 (火)

11月3日 文化の日

11月3日 文化の日

昨日は木枯らしが吹いた。我が家の木戸をカタカタと鳴らして夜中じゅう吹いた。お蔭で今朝は真っ青な空だ。八ヶ岳、鳳凰三山、白根三山、薄っすらと雪を被っている。富士山は白銀に輝いている。身の引き締まるような寒さだ。冬の到来だ。高村光太郎の詩を想い出す。

きっぱりと冬が来た やつでの白い花も消え 公孫樹の木も箒になった 冬よ 僕に来い 僕に来い 冬は僕の餌食だ 染み透れ つき抜け 刃物のような冬が来た 2009_11030003 2009_11030007 2009_11030010 2009_11030001

2009年7月26日 (日)

夏来る

夏来る

九州、山口地方に豪雨が襲った山梨にいよいよ本格的な夏が来た。蒸し暑い夏が来た。

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山梨大学付属中同窓会

山梨大学付属中学校同窓会

三年毎に開かれる付属の同窓会が726日ベルクラシックで開かれた。会場は満員だった。私は同じ会場でロータリーのセミナーがあったので、宴会の終わりごろ顔を出した。2009_07262670005 2009_07262670010 2009_07262670009 2009_07262670015

2009年6月29日 (月)

初夏

今年もはや半年が経った、荒川の流れは梅雨の雨をたっぷり含んで滔滔と豊かだ。庭に植えたゴーヤは約一月経つが、蔓が四方八方に伸びてきた。甲府市の環境センターの講習会でゴーヤーを軒先に植えると見た目にも涼やかだし、実際外気温を下げる効果もあるという話を聞いて植えたものだ。可憐な花をそこ此処につけていて、もう既に小指程の大きさの身を付け始めている。近頃は二酸化酸素の排出を抑える事が地球環境を良くするために如何に大切かという事が喧伝されている。確かに温暖化の影響で北極の氷も40パーセント失われたという。氷が全部失われると地球の水位が5メートル上がり気温もかなり上昇するらしい。我々はともかく次代の人類の生存を確保する為にも化石燃料の使用は出来るだけ控えるべきだと思う。2009_06290006 2009_06290004

2009年6月21日 (日)

梅雨の間に

随想

ほんとに偶にだが、幼い頃の事を想い出す。それは寒い夜、ふとんに包まって寝ていると、おかあさんがとんとんと二階にやってきて、ふとんのいずまいを直し身体の盛り上がっている両脇のふとんを軽く叩いてくれる事だ。昔の事だから、木綿が入っているかなり重たい掛け布団だったと思うがそのことがいやに懐かしく思い出される。また、偶に耳かきをしてくれる事があって、首をおふくろの座った腿の上に乗せるとおふくろの体温がじん割り感じられてなんとも幸せな気持ちになった。70にもなってというか、70だからというか幼いときの事がふっと思い出されることがある。お袋は16年も前に79歳でなくなっているんだが、やはり俺が死ぬまでは心の中に生きているのかなと思う。2009_06180001

2009年4月 8日 (水)

4月8日さくら

峡東地方、乙ヶ妻のしだれ桜、慈雲寺の糸桜(48日)

穏やかな春の盛り、暖かくて風もない午後3時、峡東地方に桜を見に出掛けた。甲府の北バイパスを抜けて英和大学の横手からフルーツラインに入り、三冨方面に向う。桃のピンク、スモモやりんごの白い花が満開で山の斜面を美しく彩っている。連翹が黄色い花を石垣に覆い隠すばかりにつけている。近くの山山が芽吹き始めた黄緑色の若葉で煙ったように見える。三冨に向う途中、室伏というところで左に折れ、乙ヶ妻山の斜面に立っている、樹齢200年とも言われるしだれさくらをみた。太い幹から又太い枝が六本程分かれて大きく枝を広げている。後で思ったことだが慈雲寺の糸桜と較べて山に自生して育ったせいか男性的で逞しい感じがする。次に徳和の吉祥寺の桜を見て、三冨の方に少し登った所に町営の笛吹きの湯というこじんまりした温泉場があり久しぶりにそこの風呂に入った。70代ははるかに越えていると思はれる男性が六人程四肢を伸ばしてなまこのようにじっとして湯に浸かってっていた。そこから塩山は中萩原にある慈雲寺に向かった。そこまで甲州市の北側山の斜面にフルーツラインという新しい道路が出来ており素晴らしい眺めだ。慈雲寺は花を愛でるお客さんで一杯だった。風が一吹きすると花びらがはらはらと舞い落ちてくる。慈雲寺のサクラは優美で儚げだ。さくらを堪能した後同じくフルーツラインを通り勝沼インター中央道に入って帰途に着く。2009_040822150002 2009_040822150011 2009_040822150016 2009_040822150021

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2009年4月 2日 (木)

さくら2

昨日は夜半から明け方まで風が強く吹いて、一晩中雨戸がカタカタ鳴っていた。

そして今日、朝方は空が曇っていたが、昼近くなって青空が広がってきた。青空に映えて私が毎朝とおる土手の桜が綺麗だ。一週間程前から咲き始めた桜がここ二三日の寒の戻りでなかなか開かなかったが、ようやく枝一杯に咲き始めた。

しかしこの時期、結構風の強い日があるので心配だ。穏やかな日が続いてくれればいいのだが。2009_040222140005

2009年3月21日 (土)

桜の開花

三月二十一日

甲府に桜の開花宣言があったのは昨日の二十日でした。年々早くなっているとは感じているのですが、今年は特に早い様に思います。昨日の朝、中楯プールに行くとき見る南西公園のさくらにほんの二、三輪咲いたなと思ったら、今朝見ると下枝の方はかなり咲いていました。そして、小鳥が盛んに甘い花のしるを食べるのか地面に花びらがかなりの数落ちていました。今日は一日いい天気で暖かく、又一気に花が咲き出しそうですが、こういう春先は風の強い日も多く、花の命の短さが惜しまれます。2009_0321210002 2009_0321210007

2009年1月 3日 (土)

大学選手権準決勝

2009008 大学選手権 準決勝 早稲田対東海大学

好天に恵まれた一月二日国立競技場で行われた準決勝。テレビで観戦した。国立は広いので実際に行っても豆粒ほどにしか見えない。矢張り秩父宮だ。木造の外野の観覧席が懐かしい。さて、試合の方は早稲田の圧勝といっていい。東海は大舞台が初めてとあってか、実力を充分発揮することなく終わってしまった。接点で何度も早稲田にボールを取られたり、ラインアウトでもボールを取られたりいい所がなかった。激しい接戦を予想していたのだが、早稲田の各選手の気迫に飲まれたというか、二人の外人選手も持ち味を出せずに終わってしまった。早稲田ではいつものように瀧澤、有田、フランカーの小峰、中村、主将の豊田、宮沢、中浜寛三、のバックス陣、フルバックの田辺秀樹あたりが縦横に活躍した。ま言ってみれば全員の勝利だ。こんなに強いのに、何故帝京や明治に負けたのかわからない。やはりスポーツは気持ちのもっていき方というか集中力が如何に大事かということだと思う。試合が殆ど決まった時点で、二つ相手にトライを取られたのがそのよい証左だと思う。写真は元旦二日の荒川の風景です。

2009年1月 2日 (金)

謹賀新年

謹賀新年

二千九年一月二日

明けましておめでとうございます。今朝も昨日と同じく7時に起きて運動靴に履き替え荒川の河川敷に出掛けました。昨日より若干温度が高めですが、川面には薄氷が張っており、きれいに刈り取られた芝には朝日が差して輝いております。流れの止まった荒川の川面には水鳥たちが固まって浮かんでおります。自然の営みは人間の愚かな思考を超越して静かに時間を刻んでいるように感じられます。昨年の秋口から突然津波のように襲った経済の逆回転も既に四、五年前から気付かされていたものなのです。経済用語で言う「信用」がいかに浅薄なものなのかを思い知らされました。上杉鷹山を持ち出すまでもなく、われわれ人間の生活は質素倹約を宗として、自分の収入の範囲内で生活すべきでしょう。己を知り自己の矩を越えず、謙虚を第一義とすべきだと思いました。とは、申せまだまだやりたい事が一杯残ってますので、とにかく時間を大切に過ごしたいと思います。元旦の計はサムエル ウルマンの言葉です。

You are as young as your faith, as old your doubt  ;

as young as your self-confidence, as old as your fear,

as young as your hope, as old as your despair.  Samuel Ullman

2008年12月 2日 (火)

12月1日

12月1日

今年もせわしい12月がやってきた。AM6時30分起床。荒川の河川敷を速歩で歩く。空は晴れ上がっており、白根三山、南アルプスの峰々、八ヶ岳それぞれ雪山が朝日に輝いて赤く染まっている。2008_120111220080009 2008_120111220080010 2008_120111220080013 2008_120111220080014

2008年11月25日 (火)

ラグビー早慶戦、向島百花園

H20.11.23.24 早慶ラグビー観戦、向島百花園

朝9時9分發のあずさで新宿に向かう。10時45分に新宿着。南口の駅構内にあるドトールコーヒーでコーヒーを一杯。山手線

内廻り渋谷駅

で降り。

渋谷区

松涛美術館迄歩く。約15分で着く。お目当ては池口史子さんの作品鑑賞だ。日経新聞に紹介されていた絵に魅せられた。沈静した、時間が止まったような不思議な絵だ。アメリカの中西部にあるようなガランとした町並みを黄色を主体とした明るい色調で描いているが、全体の印象は決して明るいと言うよりは静謐でしかも内面的で厳しいものがある。建物が20度位傾いているのもあって不思議な思いにとらわれた。美術館を出て近くにある松涛公園を訪れる。ここは佐賀鍋島藩主が紀州徳川家から譲り受け、廃藩置県で職を失った士族のためにそこの地に茶園を作ったらしい。松涛とは茶の湯をたてる為にお湯を滾らせるところからきているのだという。四、五百坪位のそれ程広くない庭園だが池もあり、水車小屋もあって都会の真ん中にあるオアシスかもしれない。午後一時に秩父宮ラグビー場の正面階段口で約束どおりN君、A君と会う。バックスタンド、しかも外野席の端のほうに座ったので試合の方は正直余りわからなかったが、天気は最高で温かく久しぶりに旧交を温めた。特にA君は卒業以来初めてであった。三鷹に住んでおり普段は殆ど外出しないそうだ。試合は早稲田が後半頑張って何とか勝った。ただ昨年までのような圧倒的な強さは今年のチームには見られない。試合のあと

信濃町

の駅前にある慶応大学病院の前をずーと歩いて、とある蕎麦屋の二階で酒を飲んだ。N君とA君はもっぱら日本酒、私はビールを少々飲んだ。六時頃サヨナラを言って地下鉄に乗り、東陽町のイースト21というホテルに宿を取った。何故こんな遠くにと思うだろうが、翌日向島百花園に行こうと思ったからだ。着いてみると大変立派なホテルで驚いた。インターネットで予約を取っておいたのだが、設備もよく部屋も広くて8500円は安いと思った。翌朝7時25分ホテルを出て住吉駅迄歩く。約25分。押上駅まで乗り京成線

に乗り換えて曳舟駅

で下車。向島百花園まで歩く。約5分。九時開園まで15分位早く着いた。何故こんな場所を訪れたかというと、国立博物館で琳派展が開かれたおり、光琳に傾倒した酒井抱一がこの園を開いた佐原鞠塢と親交があって酒井の描いた草花は百花園で描いたものだという風な事が書いてあったからだ。いずれにしても江戸時代の町人文化華やかなりし頃を思わせる史跡ではある。12月も近いこの時節なので白い山茶花かか細く咲いていた。そこを離れ近くにある白鬚神社をお参りする。お賽銭箱の横に西郷隆盛の短冊が置いてあった。曰く、人を相手とせず、天を相手とせよ。即ち、人がどう思うかより、天意にそった生き方をしているかどうかが大事の意らしい。

天意とは言わぬが自分の思うようには生きて生きたい。

そこから歩いて隅田川を見に行く。白鬚橋を真っ直ぐ行くと、日暮里駅行きのバスが走っているので、そのバスに乗って、三河島駅前で降りる。今から51年前、大学受験でお世話になった中村さんの家があるはずだからだ。前から一度は尋ねてみたいと思っていたのだが、これまでの行動は成り行きで特別計画を立ててやったものではない。細い路地を三百メートルぐらい歩いていくと小さな喫茶店があったので、そこに入る。60過ぎのオッサンが近所のこれまたオッサンと世間話をしていた。中村さんの事を尋ねると、通りを隔てた直ぐ近くで確かに中村米店というお米屋さんがありますよと教えてくれた。コーヒーを二杯とトーストを食べその店を出る。中村さんの店は直ぐ見つかった。最近立て直したばかり様な二階建ての店で、店先では休みの日なのに盛んに精米をしていた。50歳位の店主らしき人が店で働いていたが、勿論代も変わっているし突然の事なのでそのまま歩いて三河島の駅まで戻った。その通りは商店街になっていて、当時の賑やかな様子は今でも頭に残っている。三河島からまた都営バスで浅草へ行く。休日もあってすごく賑やかだ。

浅草寺の本堂でおみくじを引いた。生まれて初めてだ。こういうことは全く信じないたちだが大吉と出た。来年はすごくいい年だそうだ。是非そう願いたい。商店街の中のつるやという店で天丼を食う。そこから地下鉄で早稲田に行き。自治行政研究会の会に出席する。39名出席。佐藤君大変でしたね。ご苦労様でした。29年卒の鷹野さん、鈴木さんの挨拶も大変立派でした。特に鈴木さんは65歳にして早稲田大学院に入りなおし、国際経営学を習得して立派に学位を習得したとか。30名の大学院生が卒業の時には21名になっていたという。以って瞑すべし、人間は年齢ではない、やる気だと。

掛かった主な費用、中央線往復運賃 5600円、ホテル代8500円、ラグビー観戦1500円、飲み代2100円、バス400円、タクシー800円、自治研会費10000円、地下鉄810円、計29710円。2008_11242423110001 2008_11242423110014 2008_11242423110018 2008_11242423110023 2008_11242423110045

2008年11月15日 (土)

11月15日 県民の日

11月15日(土)県民の日。七五三。エイズ撲滅。

今日は23回目の県民の日、小瀬球場を中心に秋空の下盛大に開催されました。横内知事が挨拶をし、山梨県は自然環境、桃葡萄の果物、貴金属、等等他県に誇る物がいっぱいあるのに、マーケティングが下手で地元が潤っていないのは残念だ、これからは県民一体になって頑張りたいと挨拶されました。確かに宮崎の東国原知事をはじめ今や知事が先頭に立って営業の先頭に立つ時代です。私は黄色い帽子の関係で暫くの時間園内で頑張りました。そして、孫の七五三お祝いの為武田神社へ、午後はエイズのパネルディスカッションの会に行きました。高校生の女子の4割に性体験があるというのは驚きというか、私が無知なのか。2008_1115753150002 2008_1115753150006 2008_1115753150013 2008_1115753150015

2008年11月14日 (金)

11.14荒川ダム

2008,11,14 昇仙峡、板敷渓谷、千俄滝

朝晩の冷え込みで既に晩秋の趣を漂わせる甲府市周辺の景色、今日は快晴に恵まれたので、荒川ダム周辺に足を伸ばしました。平日でしたが、矢張り秋の観光シーズンですので大型の観光バスから自家用車まで結構な人出でした。2008_111414110005 2008_111414110002 2008_111414110014 2008_111414110021 2008_111414110008

2008年11月12日 (水)

S29卒業(山梨大学付属中学)古希の集まり

昭和13年、14年早生まれの本年69歳、70歳の面面が集まりました。山梨大学付属中学当時の二階建て木造校舎はとうにありませんが武田神社の参道東側大学の裏手にありました。桜の花咲く4月は花のトンネルになって、その下を自転車に乗ってトシオちゃんと二人で毎日通いました。ヘルマンヘッセの車輪の下を読んだり、たんすの奥から夫婦生活なんか盗み読みした多感な時代でした。甲府警察署の中庭にテニスコートが一面あって、スダクン、ゴミチャン、ヤマちゃん、とヤッチャンで毎日学校からの帰り道テニスをしたのも楽しい思い出です。もう半世紀以上も前になるとはね。2008_1111110016 2008_1111110018 2008_1111110021

2008年10月12日 (日)

誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが 見つけた

小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた

目隠し鬼さん 手のなる方へ

澄ましたお耳に かすかにしみた

呼んでる 口笛 もずの声

小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた

            サトウ ハチロウ 作2008_101110110008 2008_101110110010 2008_101110110012 2008_101110110013 2008_101110110017 2008_101110110019

2008年7月25日 (金)

中国語の学習、7月25日

Dscf6384 Dscf6385 Dscf6386 山梨英和大学のオープンカレッジ、中国人留学生による中国語の教室が5月21日から毎週一回計10回ありまして7月23日終了しました。受講生は私を含めて7人、教えてくれる学生が7人マンツーマンの授業で大変楽しく勉強できました。私は今回始めての中国語でしたが、続けて行きたいと思います。勿論皆出席でした。

2008年7月21日 (月)

北京の朝顔

昨年北京に行った際、ご一緒されたK氏が買い求めて私の家に送ってくれた朝顔の種、花を咲かせてくれました。確か万里の長城、八達嶺の麓で買い求めたとか二千年の時を刻んだ花の色、深い深い藍色でした。Dscf0201

2008年7月14日 (月)

ウオーキング

ウオーキング 714

朝、6時過ぎ、近くの荒川河川敷に散歩に出た。散歩というよりは運動を兼ねているのでウオーキング。昨日、夕方から雷を伴った激しい雨が降ったので、河川敷一帯は芝も遊歩道も濡れていて、朝の冷気も漂い大変気持ちがいい。既に何人かの男女が黙々と歩いている。中にはお早うございますと声をかけてくれる人もいる。大体中年以上、前期、後期高齢者の皆さんがただ。皆何とか病気をせずに健康で平安な生活をしたいと考えているに違いない。皆、誰もが年をとりたくない、健康でいたいと思っているが、なかなかそういうわけにはいかない。私みたいな健康に自信を持っているものでも通風になるのだから。60歳、過ぎるとどうしても身体に色んな変調がくる。えてして自信過剰な者ほど病気になりやすいのではないか。仕事のストレス、アルコール、過度の運動、これらは厳に慎むべきかもしれない。何事も過ぎたるは及ばざるが如し。コスモスが綺麗に咲いていた。

2008年7月 9日 (水)

ブットレア

Dscf6378 Dscf6380 7月9日、フジウツギ科の落葉低木ブットレア(別名バタフライフィッシュ)が盛んに咲いています。色んな蝶が蜜を吸いにやってきます。

2008年6月12日 (木)

無差別殺傷事件に思う

不安 孤独 の時代 六月十二日 (木曜日)

8日の日の日曜日、東京秋葉原の中心街で一人の若者の無差別殺人があった。7人もの人が殺され、十数人もの人が怪我をした。その若者は携帯のサイトに事件直前までの自分の行動を詳細に記録していた。しかも、歩行者天国が始まる時間まで乗車していた二トントラックを待機させていた形跡があり極めて計画的といっていい犯行だ。ダガーナイフという殺傷能力の高いナイフで四人もの人を一刺しで殺した。どうして、こんな恐ろしい事が白昼の東京で起きるのだろうか。

その若者は一見どこにでもいるような普通の若者だ。小柄でめがねをかけ神経質そうにも見える。青森県の実家は両親と弟の四人家族である。青森高校という県では一番の進学校に入って周囲からは期待されていたがその後徐々に成績が下がり性格がねじれていったみたいだ。大学には進学せず岐阜の自動車専門学校を卒業してからは職業を転々と変えた。最後は派遣社員になり静岡県の裾野にある関東自動車で働いていたようである。何時仕事を辞めさせられるのかわからない不安や孤独が彼の頭の中を何時も渦巻いていたのではないかと思う。

この事件の前にも、川崎で派遣社員が一軒隣に住むマンションの女性を夜待ち伏せして襲い自室でその女性の身体を切り刻んで排水溝に捨てたと言う事件があった。その男性も働いている職場では優秀な働き手と評価されていたようだ。

今、日本では若者の派遣社員が百万人以上いると言われている。彼らは派遣会社に登録され、仕事がある期間だけ働く。何の保証も無く、将来の展望も無いまま人生の極めて大事な時間を消費している。会社内での仕事は極めて細分化されたマニュアルに沿って与えられた仕事だけをするという人間的感情等全く入りこむ余地の無い仕事だ。彼らは大都会の中で根無し草のようにその日その日を送っているのだ。

両親や周囲の人間が手を差し伸べられる環境にあればいいのだが今の日本の社会は残念ながらそれが無い。日本の社会の隅々まで社会構造が根底から崩れ去ろうとしているのだ。

言ってみれば、若者だけでなく、全ての日本人が不安を抱えて生きていると言っていいと思う。

一見、華やかに見える消費社会の中で言い知れぬ不安や孤独にさいなまされながら日々の生活をおくっている人がなんと多いことか。

2008年6月 2日 (月)

6/1飛翔

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翔べ MAMORU

空高く

YUKI さん としっかり手を携えて

舞え 大空を 自由に

命の炎が燃えさかるのは 考えている程には

長くない

だから 今 このときこそ 両手を真っ直ぐ

空に向かってひろげて翔ぶのだ 

6/1

2008年5月21日 (水)

5/18突然の出来事

5/18 Sudden Hospitalization

At Sunday night perhaps 9.30P.M. I was suddenly caught by dizziness while I was reading some book. Very bad feeling like all the blood in the brain was subsiding instantly and chills and nausea struck me. I felt something unusual was happening because heart was pounding. I managed to get down to the Living room. I tried to call for help to my wife. But I couldn’t. I couldn’t say a word.

After few minutes my wife opened the door and ran to where I was lying.  .I asked her to call for 119. Soon after she acknowledged the situation, she called 119 and explained my condition. Ambulance car came in a few  minutes with three members. Each member seemed to have each role. One man soon examined my blood pressure and  also my eyes by  pen light. The captain of the crew began calling hospitals . He seemed to try  the best hospital for my illness. After all I was taken to

Jonan

Hospital

which is situated in east south of

Kofu

. I was taken CT of my brain. I vomited the entire thing in my stomach while I was lying in the car. The day 5/18 was a birthday of my wife.

2008年5月18日 (日)

5/17同窓会

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5/17甲府一高同窓会

昭和32年甲府一高卒業の面々が古希を記念して古名屋に集まった。中には50年振りに会った友達がいた。その一人が千野君だ。当時座布団のような大きな頭をして、下駄を履いてえっちら、おっちら学校に通っていた姿が思い浮かぶ。一万メートル競争の時最後の最後空が暗くなる頃二人で一高の校門をくぐったら千葉先生が我々二人を迎えてくれたのを思い出す。そのほかにも懐かしい思い出があるが、当時柔道を一緒にやった金丸君が現在肺気腫で苦しんでいるように出席できる事は幸せな事だと思う。

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5/17 32会総会

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2008年5月 7日 (水)

連休最後の日

200856_013 四日間続いたゴールデンウイークの最後の日の夕方、甲斐駒岳が夕陽.

2008年5月 4日 (日)

夏日5/4

200854_003 200854_005 The view from my dining room.It’s was very hot today,The leaves were shining against the sunshine.I must  water to the flowersand lawns.The sudden hot temperature makes me settle down to the cooler space in my house.

2008年5月 3日 (土)

春夜喜雨

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雨上がりの早朝いつものように中楯に向かう。土手のアスファルトが昨夜来の雨で湿って気持ちがよい。ヒタヒタと冷気が伝わってくる。杜甫の詩に

          好雨知時節

          当春及発生

          随風潜入夜

          潤物細無声

下の二句が好きだ。今日も静かな一日が始まる。

2008年4月25日 (金)

4/25六本木、東京ミッドタウン

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4月25日、モディリアニ、ルオー、マティス、渡辺誠

初夏のような爽やかな風の吹く四月の二十五日私は甲府発九時のあずさで東京に出掛けました。新聞をひととおり読んだかなと思う間もなく、10時半には新宿に着きました。新宿駅を地下鉄大江戸線

に乗り換え六本木駅

に向かいました。大江戸線は地下60メートルとも言われる深い所を走っています。地中深くエスカレーターが下りていくのですが、どこからともなく風が吹いてきました。不思議な感じ。国立新美術館は素晴らしい建物ですね。ガラスの外壁と曲線が折りしも四月の陽気に映えてました。光風会展に入選展示された渡辺画伯の絵もよかったです。100号の大作ですからね。あれだけの大作を仕上げるのには何ヶ月も掛かったでしょう。酒ばっか飲んでいたわけではないんですね。大したもんです。<

此処は東京ミッドタウンと言われてるそうですが、私はPrecceという食品店で木村や総本店の粒餡入りぱん、とサラダ、牛乳を買って建物の外にあるチョットしたテラスで食事しました。広い芝生では金髪の子供が走り回ったりして甲府では見られない光景でした。キムラヤのアンパン美味しかったです。日本で最初に餡子をパンに封じ込めてアンパンとして売り出したのは木村や総本店ですからね。次に汐留駅に向かいました。松下電工汐留ミュウジアムで展示されているルオーとマテイス展を見るためです。マテイスの作品が少なくて残念でした。4階の会場から下を見るとなにやら時代がかった建物がありました。何だと思って下へ降りてみると、日本で一番最初に汽車が走った新橋操車場の一部を残した建物でした。例の「汽笛一発新橋をー」。そうか、この地域一帯は国鉄の汐留操車場の再開発した地域なんですね。とにかく東京はすごい。田舎者は歩くだけで疲れます2008425_002 2008425_004 2008425_005 2008425_014 2008425_023

2008年4月19日 (土)

杜甫

2008419_004_2 江碧鳥逾白

山青花欲然

今春看又過

何日是帰年

2008年4月13日 (日)

4/12我が家の草花

2008413_003 2008413_007 2008413_013 2008413_014 2008413_010 穏やかな日曜日の朝、我が家の庭の草花が可愛い花をつけました。

2008年4月 7日 (月)

三好達治 甃のうへ

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あはれ 花びらながれ

をみなごに花びらながれ

をみなごしめやかに語らいあゆみ

うららかの跫音空にながれ

をりふしに瞳をあげて

翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり

み寺の甍みどりにうるほひ

廂廂に風鐸のすがたしづかなればひとりなる

わがみの影をあゆまする

甃のうへ

2008年4月 6日 (日)

4/6櫛形山伝し院の桜

200846_008 櫛形山の山腹、甲府盆地が一望の下に見渡せる高台に、曹洞宗の古刹、伝嗣院があります。苔むした参道に数拾体の石仏が満開の桜の下に並んでおりました。

2008年3月29日 (土)

3/29の桜

20083282_007 20083282_001 20083282_012 3/29午前中八代のふるさと公園の下見にいき、桜の開花の様子を見てきました。午後4.30出発身延RC主催の新旧会長幹事会に出席しました。しだれ桜が満開でした。

2008年3月27日 (木)

3/27の桜

2008327_004 森山直太郎

さくら

僕らはきっと待ってる

君と又あえる日々を

桜並木の道の上で 2008327_007

手を振り叫ぶよ

どんなに苦しい時も

君は笑っているから

くじけそうになりかけても

頑張れる気がしたよ

かすみ行く景色のなかに あの日の歌が聞こえる さくら さくら 今咲き誇る 刹那に散りゆくさだめと知って さらば友よ 旅立ちの時 変わらないその思いを 今 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2008年3月26日 (水)

救い無き日本(3/27)

救い無き日本

最近、たて続きに比較的若い青年が無差別に他人を殺傷する事件が発生している。普通の家庭に育った一見普通に見える青年がどうしてこのような卑劣で残酷な殺傷事件を起こすのだろうか。常識では考えられないような事件がこのように頻繁に発生すると今の日本の社会にはそれなりの病理が潜んでいるのではないかと思う。

考えられるのは、そのような青年は「特に」だが家庭、周囲の社会、又は職場で全く孤立しているか疎外された存在ではないかということだ。家庭、学校の中で疎まれ、自分の殻の仲に閉じこもって、パソコンの殺伐なゲームで一日過ごしていると、現実と非現実の境目がみえなくなってしまうのではないかと思う。一見豊かに見える今の日本の社会が実は将来に明るさが見えてこないがんじがらめの管理社会に成り果ててしまっていて、人並み以上の能力のある人間はいざ知らず、並みの人間では将来に対して夢が持てない社会になってしまったのではないか。

頑張っても神経をすり減らすだけで、ストレスだけが溜まってしまうような今の日本の社会だったら変えねばならない。犯人たちが顔を隠すのでもなく、能面のような平気な顔をしているのも共通していえることだ。これは、どう考えてもおかしい。今の日本は狂っているとしか思えない。

2008年3月25日 (火)

さくら

2008325_001 2008325_003 2008325_002 2008325_001_2 朝方2分咲きかなと思った荒川の公園の桜が夕方には3分から4分咲きへと進みました。あたりの空気もなんとなく、おだやかで甘い味。南アルプスの山々が夕陽に輝いていました。

Every cloud has a silver lining.

2008年3月23日 (日)

白木蓮

2008322_004 我が家の白木蓮が二日ほど前から咲き始めました。いよいよ春本番ですね。

2008年2月11日 (月)

水温む

9日に大雪の降った後、昨日,今日と好天が続きました。日差しの温かさ、小鳥の囀り、荒川に浮かぶ水鳥を見ていると春が足元まで来ていることを感じさせます。2008211_007_2 2008211_002

2008年1月 3日 (木)

1月3日

今朝の荒川の水面には薄く氷が張っていた。河川敷の枯れた芝生に空気が氷となって張り付き、朝日を受けてキラキラ輝いていた。山の稜線がきれいだ。空気が冷えたせいか、はっきり見える。甲斐駒、鳳凰三山、南アルプスが富士山まで今日は実にきれいだ。芝生の上を走ってみた。ラグビーの選手のように右の走り、左に走る。全速で前進し一瞬止まり、ステップバックする。見事にころんでしまった。慶応の山田や早稲田の田中将太が見せる走り。物凄い運動神経だと思う。今福岡伸一の著、生命とは何かを読んでいるが、解らんなりに実に面白い。人間の身体は脳細胞から全ての臓器まで常に再生産されており、時々刻々新しくなっている。だから今の自分は明日の自分ではない。だから一歩前に進む気持ちがあれば、進化していくのではないか。そんな気がする。ただ、肉体と精神がバランスを保たないといけない。動的平衡というやつか。200812_004

2008年1月 1日 (火)

2008.1.1元旦

謹賀新年

一年の計は元旦にありと申しますので、私の抱負を述べます。

1.万事、慎重に熟慮せよ。軽挙盲動しがちな私を戒める言葉。

2.健康に留意せよ。事故を起こすな。一昨年脚立から落ちて腕の骨を折り、回復するのに半年掛かりました。

3.Global な視点で考え、行動する。日本は今やアメリカ、中国、ロシア、インドの巨大な国の狭間で埋没しつつある。以上。

日々の生活は、一碗両粥 天に謝し地に謝し 平安是福也。毎日を感謝の念を忘れず過ごしたいと思っています。この記事を読んでいただいている方々の今年一年の幸せを願いあげます。

2007年12月29日 (土)

松たか子の結婚

松たか子が結婚を発表した。相手は16歳も年上の男だ。セリフがいい。「音楽の仕事で出会い、ゆっくり時間をかけて交際をしてきました。これからもお互いを尊敬しあい、時間を重ねていけたらと思っています」同じ男の仲間としてうらやましいね。You are the best thing I've ever met in the screen. Best wishes for your life.

2007年12月28日 (金)

本当の仕事納め

商店を除く会社官庁が仕事納めの今日私の長年の友人から電話が掛かってきて今日を限り商売を閉めると電話があった。彼とはもう40年近いお付き合いをしている古い友達で話を聞いたときは何ともいえぬ気持ちになった。青年会議所に入っている頃は、繊維の卸し会社を経営していて毎晩9時、10時頃まで煌煌と電気をつけて社員が頑張って働いていた光景が目に浮かぶ。そういえば甲府の繊維の卸問屋は殆ど姿を消してしまった。所謂町の洋品店が無くなってしまったのだから無理わない。その後彼は様々な職業に就いたが最後はラーメン店の店主になって今日まで来たが奥さん共々肉体の限界を悟ったのかこのような仕儀と相成った。彼の他にも矢張り小学校からの友人のT君も今年の秋店を閉めた。甲府の町の中心部で持ち帰りのすし屋さんをお父さんの代から引継ぎ真面目な商いでお客の熱い信頼を得てきたのだが、本人自身の高齢化とお客さんの高齢化、若い人の支持を得られなかったことが原因と考えられる。他人事でない深刻な問題だ。

2007年12月24日 (月)

クリスマス ケーキ

次男の許婚者のYさんが昨夜遅く料理教室で作ったばっかりのクリスマスケーキを届けてくれました。大きないちごが周囲を飾り見るからに美味しそう。Yさんの優しい心配りに感謝です。001