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2009年5月の6件の記事

2009年5月30日 (土)

霧島紀行その3

霧島紀行その3

527日(水)宮崎県経済連特産課茶業部の田中、高橋両君に案内してもらって宮崎県産茶を案内してもらう。途中宮崎県庁の前を通ったが大型の観光バスが止まっており、県庁周辺には屋台が店を出していて、東国原知事の人気が依然として衰えていない事を示していた。宮崎県は歴史的に見ると件南部、都城を中心とする一帯は薩摩藩に組み込まれていて、県の中、北部は秋月、飫肥のような小藩が治めていた経緯があって県としての意識的な高まりは明治期以降のようである。宮崎空港PM3.00ANA,SKD共同運航便で羽田に向う。甲府駅には無事、7.35着くことができた。尚、宮崎茶については地元宮崎、あるいは九州内での消費が殆どで全国版になるには時間がかかるのではないかと思った。

霧島紀行その2

霧島紀行その2

526日(火)朝3.00目を覚ましたが外は真っ暗。再び寝床に潜り込んだ。5時に起きだして風呂に行く。実に気持ちが良い。先客が一人いた。廣島から車で来ていて写真を撮りながら一人で気ままに旅をしているという事であった。六十五、六歳か。高速道路乗り放題1000円が効いていることは間違いない。朝食をホテルで摂った後、高千穂河原ビジターセンターに向う。730分から歩き始め中岳中腹にある自然探勝路を約1時間15分歩く。小鳥のさえずりが盛んに聞こえる。うぐいす、カッコウ、めじろ、様々な小鳥の声だ。AM843分出発点に戻る。大きな鳥居を左手に見ながら高千穂河原から高千穂の峰に向かう。最初は石畳の歩きやすい道であったがその内火山の細かい砂利道になり坂も急で滑りやすく歩きにくくなった。登山口から1.7km約一時間でお鉢と呼ばれる爆裂口に着いた。丸い墳丘の内部は鉄分を含んでいる為か暗紫色の溶岩でそこにミヤマキリシマがびっしり張り付くように咲いていた。ミヤマキリシマの鮮やかなピンクが黒々とした岩肌に映えて壮絶な美しさだ。どうしてこんな環境の厳しいところにこんなに美しく咲くのか。いや、厳しいからこそ美しく咲くのかもしれない。人間でも同じ事がいえるのかも知れない。お鉢からの急な坂道を登りきるとそこは天孫降臨、ニニギノミコトが天から降りてきたといわれる頂上があった。標高1574米。私は恭しく手を叩き次男の嫁ゆきさんの安産を祈った。頂上では賞味期限を一日過ぎたおにぎりを一つ食べた。暫く休んだ後霧島東神宮に向けて歩き始めた。行程5km。かなり厳しく長い道のりではあったが幸い東神社に着くと同時位に激しく雨が降り始めた。広い境内、森閑とした広場でハテどうしたものかと困っていると、一台のクラウンが動き始めた。イヤこれは天の助け。縋る想いで事情を話すと運転していた女性は私を極楽温泉まで連れて行ってくれた。なんという僥倖。参道が長く歩いたら大変だった。この宿は高原町は田んぼの中の一軒やだが、この宿が極楽に思えてきたから不思議だ。全くの偶然でこの宿を選んだのだが、知る人ぞ知る隠れ宿だというのが後でわかった。宿代がいくらだと思います。素泊まり7000円。信じられない安さだ。夕食はカウンターにどっかり座り、年増だが美人のカミさんにお酌をしてもらいながら焼酎の水割りを飲む。カンパチのお作り。シコシコした刺身のお作りが750円。小鯛の塩焼きが800円。ホコホコしたやわらかい白身を箸でほぐしながら焼酎をゆっくり飲む。これが極楽でなくてなんであろう。値段の安さと人をそらさぬサービスの良さ、天然賭け流しの温泉。近くにあれば毎日でも来たいものだ。

霧島紀行その1

70歳の挑戦(2009.5.25日、26日、27日)

霧島火山帯縦走 えびの高原登山口~約3km韓国岳(標高1700米)~約3.5km獅子戸岳(1428米)~約1.5km~新燃岳(1421米)~約1km中岳分岐点から湯之野登山口5km(一日目歩行距離14.5km。中岳(1345米)高千穂峰(1574米)~約5km霧島東神社。

1.      充分な下調べ。(霧島市役所観光課に問い合わせ資料を取り寄せる。)

2.      選択と集中。決断と実行(登山の場合、天候が最大の条件、天候の判断が出来たら決然と実行に移す。26日の午後から九州一帯を始め本州も雨が降り続いた。

3.      天啓、又は偶然の僥倖。霧島東神社に降りてきたら突然の驟雨に遇い、境内にいた女性にお願いして極楽温泉まで乗せてもらう。この温泉が正に極楽。

525日(月)朝3.00時起床。体内時計は極めて正常。3.30分自転車にて家を出る。駅前バスターミナル4.00出発の羽田行きに乗る。八王子まで一時間30分掛かったので心配したが6.20分には羽田第2ターミナルに着いた。ANA619便650分發の鹿児島行きに乗る。シニア割引12000円で鹿児島までいけるのだから有難い。822分ジャストインタイムで鹿児島空港に着いた。940分空港發霧島岩崎ホテル行きのバスに乗る。乗客は2名。運転手はかなりのおじいさんであった。天気は快晴。えびの高原の韓国岳登山口を出発したのがAM11.05だった。PM12.20韓国岳頂上着。標高1700米。晴れていれば韓国まで見渡せるということでこの山名が付けられたというが、それはともかく形の良い開聞岳を遥かかなたに見ることが出来た。山道のそこ此処にお目当てのミヤマキリシマが咲いていた。花は小ぶりで薄いピンクである。凡そこの霧島火山帯には大小20もの噴火口があるといわれていて尾根筋を歩くと御碗型の墳丘と火口湖を幾つか見ることが出来る。獅子戸岳を過ぎ新燃岳の頂上に着いた。一年ほど前に噴火したばかりの活火山だ。硫黄臭の強い噴煙を上げている。新燃岳から中岳に下る途中に湯之野林道の起点があり約4.5kmの路を約1時間半かけて歩く。目指すみやま荘に着いたのがPM5.00.今日の歩行時間は6時間であった。因みにみやま荘は民間の国民宿舎だが温泉が素晴らしく、野天風呂に入り、

2009年5月29日 (金)

霧島紀行

2009_05270029 韓国岳から高千穂を望む。2009_05270059 新燃岳の噴煙。2009_05270067 新燃から見た高千穂。2009_05270082 中岳山中の自然探勝路。2009_05270103 お鉢周辺のミヤマキリシマ。2009_05270105 2009_05270113 2009_05270123

2009年5月21日 (木)

5.19-20K組の旅行

H21.5.19-20 WK組会旅行

毎年恒例のK組会の旅行がTK君、TKA君の二名の幹事の下、箱根で行われた。総勢21名。和気藹々の中で楽しく時間を過ごす事ができた。両T君有難う。2009_0520k0009 2009_0520k0013 2009_0520k0017 2009_0520k0022 2009_0520k0023 2009_0520k0024

2009年5月 8日 (金)

5月4日小楢山

五月四日 小楢山(古那羅山)に登る

連休の狭間、5月4日小楢山に登る。朝6時半出発、同行はN氏。天気は曇り。窪平から左折し西保方面に道を摂る。中牧から右手、オーチャードビレッジフフの看板を見ながら登っていく。この辺一帯は巨峰の一大産地で緩やかな山の斜面一帯がブドウ畑で覆われ、そこに古い作りの大きな木造の農家が点在していて誠にいい眺めだ。

         千里鶯啼緑映紅 

水村山郭酒旗風 

南朝四百八十寺

 多少楼台煙雨中  (杜牧)

中国の有名な詩が思い出される。7時48分登山口を出発。暫く林道を登り、母恋道から登る、母恋し、父恋し道には戦国悲話が隠されているが、戦国時代に夫を戦いで失ったり、尋ねて言った先で人攫いにあったりした話は無数にあったであろう。春の陽光に照らされて登山道のそこ此処にスミレが可憐な花をつけていた。

 山路来て なにやらゆかし すみれ草 (芭蕉)。

小楢峠に着いたのが10時16分。そこから右手に10分ほど登った所に頂上があった。頂上一帯は高原状になっていて晴れていれば真正面に富士山がよく見えただろう。背後は白樺やレンゲツツジ、カラマツの林だ。つつじはまだ全然咲いていないし、カラマツも葉が一センチほど出た位で針金のような芽が20本ほど束になっている状態だった。一時間ほど頂上で横になった。だんだん暖かくなってきた。外に登山者が何組かいたが小鳥の囀り以外は聞こえる音とて無く穏やかな時間が過ぎていく。N氏との会話は特に無いが、今読んでいるAndrew WeilのHealthy Aging  についてちょっと話した。帰りは父恋しだ。途中尾根の正面に幕岩という大きな岩があって鎖がつながれているので登る。そこからの眺めは金峰山も見えて又一段と良かった。大沢山からの下りはかなり急で、「のぼりだったら結構難儀するね」とN氏と話した。1時40分頃フフについた。窪平の温泉で一風呂浴びて帰途に着く

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