マレーシャ旅行、挨拶
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マレーシャ6日間の旅
6月27日(金)朝6.45甲府駅前発の山交バスで成田へ。約3時間。
14.05 成田発JL723便 20.20 KL着。機内はそれほど混んでいなかった。
宿泊先 BERJAYA TIMES SQUARE HOTEL。KL飛行場から約50分。
ツアーの人数は26名。(クラブ、ツーリズム)3つのホテルに分宿。10.30頃部屋に。TIMES SQUARE は市内中心部にあり、複合的な建物だ。アップグレードの部屋なので広い。
6月28日(土) 朝8.30KL出発 マラッカへ。快晴日中外に出るとかなり熱い。マラッカは木の名前らしい。今でも海賊船の出没する危険な海峡だ。 KLに戻り、蛍を見に行く(セランゴール川)。平型の木船に乗って川淵に張り出している樹木の液を吸うために明滅しながら舞う蛍の姿は誠に幻想的。
ホテルに着いたのは11時頃。
6月29日(日) 朝8.30KL出発。午前中は市内見学。マレーシャは多民族国家だが、60パーセントを占めるマレー人は回教徒であり、至る所にモスクがある。午後キャメロン ハイランドへ。CHは標高1800メーター、原住民の住まいも散見された。CHは紅茶で有名だが、茶園はそんなに広くない。一年中摘採出来るようだが、手済みではないようだ。野菜作りが盛んでマレーシャ全土に出荷している。
6月30日(月) 朝8.30出発。サボテン公園。バザール見学。ブキット、メラにあるオランウータン保護島でオランウータンを見学。
ペナン着。ペナンは長い橋(ペナン、ブリッジ13.5km)を渡って行く島、人口130万人。6割は中国系、一割がインド系だ。
7月1日(火) 午前中自由行動。ホテル前に停まっていた観光用の自転車に一時間45RPで乗せてもらい、チョットひと回り。それから私はホテルのプールで一休み。椰子の実をホテルの従業員が落としていて、落とした椰子の実の先端を切り、中のエキスを飲ませてもらう。午後、ツアーの皆さんと一緒にペナン市内を見学。
PM19.35 ペナン発。車がラッシュで渋滞ギリギリ飛行機に間に合う。PM20.30KL着。PM22.50KL發JL724便にて成田に向かった。
7月2日(水) AM6.55成田着。解散。AM8.50発のバスの乗り甲府に帰る。
上記のように、6日間の旅ではあるが、正味4日間の短い旅であった。
滞在中も、朝早く出発、夜遅くHOTEL着でゆっくり休む時間が無かったが、ホテルをアップ、グレードしたこと(2万円アップ)で、KL、ペナンでは最上級のホテルに泊まる事ができてよかったと思う。ただ本当に自由な時間を楽しめたのは7/1の午前中くらい。安いパック旅行の常で行く先々で、ショップに連れて行かれたが、これが無ければもっともっとのんびりした旅ができたはず。しかし、マレーシャという国は想像以上に豊かな国で、高速道路が四通八通しており、走る車も(八割がたは日本の車)新しく、生活水準が高い事を示していた。また国民も全体におっとりしており(殆どが回教徒)、東南アジアによく見る貧民街とか、こじき、物売りは皆無であった。
マレーシャは亜熱帯気候に属しているので、乾季、雨季の季節の違いはあるが一年中花が咲き、様々な果物が食べられる国のようだ。ロータリーの会長職が26日の例会で終了したので、それを記念して妻を連れ参加した旅であった。
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6月26日 会長挨拶
皆さん、今晩は。最後の会長挨拶です。
先ず、私のような非力で、非日常的な世界に生きる人間を暖かく迎え、支えてくれた全会員の皆様に「有難う」と感謝の言葉を捧げます。又、執行部の皆さん、とりわけ五味幹事は私の言う事を全てうん、うん、と支えてくれました。誠に懐の深い、人情味のある方でした。副会長の名取さん、途中退会を余儀なくされた小山田会員も副会長の重責を果たしてくれました。小山田さんは、GSEのメンバーの受け入れで娘さんの自宅を改造してまで協力してくれました。SAの広瀬さん、会計の石井さん、両パスト会長からも様々なアドバイスをいただきました。
クラブ奉仕の駒田さん、社会奉仕の内藤さん、職業奉仕の高野さん、国際奉仕の斉藤さん、新世代奉仕の中込さん、それぞれの分野でキッチリ仕事をしてくれました。又稀に見る誠実さで例会の運営を支えてくれた手塚、望月両副幹事にも改めて感謝申し上げます。手塚さんは今期限りでクラブを去り、新しい任地に向かわれると聞いております。ご活躍を祈ります。
今、日本という国は世界的な動乱のなかで木の葉のように翻弄され、先の見えない暗黒の入り口に立っているようにも見えます。そんな中で唯一、善意と友情、さらに言えば利他の精神が宿る人間の集まりはロータリーしかないのではないかとさえ考える事があります。会員の減少が続くのはやむを得ないにしても、上記のような崇高な精神がある限りロータリーは不滅です。
会長挨拶は以上です。有難うございました。
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6月19日 会長挨拶
皆さん、今日は。
今は梅雨の最中、どこのご家庭にもアジサイの株が一株や二株植えて有り、楚々と咲くその可憐な花が私どもの目を楽しませてくれます。アジサイは俗に女心にも譬えられますが、薄い藍色や、白い花が雨に濡れて一段と色鮮やかに咲いている姿は何ともいえません。
さて第34期私の会長年度も今日の例会を含め二回のみとなりました。
来週の最終例会は夜間例会でして、終了後廣瀬年度のクラブ協議会が開かれる予定です。
今日は五大奉仕理事の退任挨拶となっておりますが、私はこの一年を振返り、お礼やら、感謝の言葉を述べさせていただきます。
本年度、RI会長ウイルフレッド、J、ウィルキンソンさんは全世界120万のロータリアンにロータリーの心を分かち合おう(Rotary Shares)をテーマとして掲げ、ポリオワクチンの徹底、保健、貧困の撲滅、水保全、識字率向上、を訴えました。
2620地区道部ガバナーは情熱と行動をテーマとして、少人数クラブのケア、CLP、奉仕プロジェクトの活性化、財団寄付、IT化の推進 等五つの具体的テーマを掲げました。
私は道部ガバナーのテーマを思い浮かべながら、人間愛の精神で事に当たることにいたしました。
即ち「人間愛それはロータリー」であります。
例会の活性化に向けて、土橋、瀬井、駒田、五味会員と何度も会合を開きました。論ずるより飲む方が忙しかったのも懐かしい思い出です。
さて、道部ガバナーの掲げたテーマを一つ、一つ検証してみますと反省すべき点が幾つか出てまいります。
先ず、会員の維持、増強につきましては、清水保会員の入会がありましたが、3名の退会があり1名純増の目的を達することが出来ませんでした。
CLPにつきましては、私の年度が最初の年でありますので組織上は副会長、幹事、会長エレクトをそれぞれ会員委員会、広報委員会、奉仕プロジェクト委員会の頭に載せて担当理事といたしましたが、効果的に機能したかどうかはそれぞれの理事の説明を待ちたいと思います。
私どもが入会当初教えられたロータリーの概念、ロータリーは親睦が第一であり、奉仕は高い職業倫理に基づいた個人の職業奉仕が中心であって、クラブの事業も単年度で終結するのを建前とする。これが謂わば180度変わって、クラブを効果的に機能させる為には会員基盤を維持、増強する事が第一、会員は少なくとも三年間は同じ委員会に所属してクラブリーダーを育成しなければならないとか地域に見合った奉仕プロジェクトを行い、広報宣伝活動にも力を入れなさい、又RIの財団への支援等々、RIの方から推奨と言う形ではありますが勧奨されますと、年配の会員ばかりで無く一般の会員にも戸惑うところが多々ありました。
特に私の年度では次期次期の会長が決まらずに本年4月までずれ込んでしまった事を考えますとクラブリーダーの育成と言った点からも道未だ遠しという感じがいたします。
今回丹沢君が次期次期の会長を引き受けていただき、三代いや四代先まで暗黙の了解が出来て誠に僥倖という結果に終わりましたがこの際次期次期の会長選出につきましては、今までの選出方法を改め、当該年度の会長が中心になり7月年度当初より選考をはじめ、12月の総会で承認を得るような方法に改めたらと思いますが如何でしょうか。
パスト会長会は中長期的なクラブの発展を考えたり、人材の育成を考えるような、言ってみればローマの賢人会議みたいな機能を発揮して欲しいと思います。
笠井先生が創立記念例会でおっしゃっておりました「指名されたら受けなさい。」と。委員長になり、理事、幹事になり副会長や会長、果ては地区の役員をして様々な経験をつむことが貴重な人生経験になるのです。どなたでも指名されたら役を受けるようなそんな雰囲気のクラブになっていただきたいと言うのが私の願いであります。
私は28年目にして会長という役をさせていただき、五味幹事始め理事の全面的な協力を頂いて充実した一年を送る事が出来ました。この場を借り心から感謝申し上げ本日の会長挨拶といたします。
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甲斐シティーRC25周年記念例会 平成20年6月13日
甲斐シテイーRC25周年記念例会が愛と世界平和をテーマにアピオで開催されました。甲斐シチーRCは甲府西RCの10周年記念事業の一環として西が親クラブになって生まれました。当時の特別代表梶山先生は既に鬼籍に入られております。初代会長は西から移籍した中原先生でした。出来た当初、西クラブのメンバーが盛んにメーキャップに行きましたが、分区が別かれて後は殆ど交流はなくなりました。私も最初の頃はよく例会にも出席し交換学生の受け入れにも協力した事があります。現在32名の会員で地域の緑化事業に協力したり、中学校の育成事業に協力しているようです。記念事業として竜王のドラゴンパークに橅の木を植樹したようです。今6メートルの高さだそうですが、この木が何十年、いや何百年して巨木に育ち甲斐シテーRC共々営々として栄える事を祈る次第です。
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清水 保 甲府市
政友クラブ所属清水保さん が甲府市
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不安 孤独 の時代 六月十二日 (木曜日)
8日の日の日曜日、東京秋葉原の中心街で一人の若者の無差別殺人があった。7人もの人が殺され、十数人もの人が怪我をした。その若者は携帯のサイトに事件直前までの自分の行動を詳細に記録していた。しかも、歩行者天国が始まる時間まで乗車していた二トントラックを待機させていた形跡があり極めて計画的といっていい犯行だ。ダガーナイフという殺傷能力の高いナイフで四人もの人を一刺しで殺した。どうして、こんな恐ろしい事が白昼の東京で起きるのだろうか。
その若者は一見どこにでもいるような普通の若者だ。小柄でめがねをかけ神経質そうにも見える。青森県の実家は両親と弟の四人家族である。青森高校という県では一番の進学校に入って周囲からは期待されていたがその後徐々に成績が下がり性格がねじれていったみたいだ。大学には進学せず岐阜の自動車専門学校を卒業してからは職業を転々と変えた。最後は派遣社員になり静岡県の裾野にある関東自動車で働いていたようである。何時仕事を辞めさせられるのかわからない不安や孤独が彼の頭の中を何時も渦巻いていたのではないかと思う。
この事件の前にも、川崎で派遣社員が一軒隣に住むマンションの女性を夜待ち伏せして襲い自室でその女性の身体を切り刻んで排水溝に捨てたと言う事件があった。その男性も働いている職場では優秀な働き手と評価されていたようだ。
今、日本では若者の派遣社員が百万人以上いると言われている。彼らは派遣会社に登録され、仕事がある期間だけ働く。何の保証も無く、将来の展望も無いまま人生の極めて大事な時間を消費している。会社内での仕事は極めて細分化されたマニュアルに沿って与えられた仕事だけをするという人間的感情等全く入りこむ余地の無い仕事だ。彼らは大都会の中で根無し草のようにその日その日を送っているのだ。
両親や周囲の人間が手を差し伸べられる環境にあればいいのだが今の日本の社会は残念ながらそれが無い。日本の社会の隅々まで社会構造が根底から崩れ去ろうとしているのだ。
言ってみれば、若者だけでなく、全ての日本人が不安を抱えて生きていると言っていいと思う。
一見、華やかに見える消費社会の中で言い知れぬ不安や孤独にさいなまされながら日々の生活をおくっている人がなんと多いことか。
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今日は創立記念例会です。笠井忠文会員に卓話をお願いしております。
私は笠井先生とは違った視点で甲府西RCの現状をお話したいと思います。
網倉年度は昨年7月51名、の会員で出発しました。今日まで1名入会、二名退会があり50名が現有勢力です。現在の平均年齢 60.1才。私を除く、33名の会長経験者のうち在籍者は15名、亡くなった方が6名おられます。15名のうちチャーターメンバーは現在7名おられます。
笠井忠文(七代会長)、秋山博夫(八代会長、最年長者)、大久保幹雄(九代会長)、秋山賢次(十代会長)、佐藤進(第12代会長)、太田道夫(第15代会長)、三枝正彦(16代会長)です。
最年長者は秋山博夫会員、奇しくも今日が81歳の誕生日です。会員数が最大の時は小田切善一第18代会長の時で(1991年)当初85名で出発しましたが、89名で第19代の若尾明彦会長に引き継がれました。
最近感ずる事は出席者が三十一、二名の時が間々あることです。メインステージに5人座りますので二十五、六名の会員を前にお話しますと正直隔世の感を禁じ得ません。
甲府西RCが発足した昭和49年はどんな年だったか、スポーツの面からチョット覗いて見ましょう。この年、長島茂雄が現役最後の年でした。(ベストナインに選ばれながら惜しまれて、10月4日引退)、王貞治選手が活躍した年でもあります。(最優秀選手、首位打者、本塁打王、打点王)、ベストナインには投手、堀内恒夫、田淵幸一、ダイヤモンドグローブ賞に柴田勲、高田繁(読売ジャイアンツ)、読売巨人軍の全盛時代でした。山本浩次(廣島東洋カープ)が選ばれました。アメリカ、プロリーグで活躍している松井秀喜、小林雅英選手が生まれた年でもあります。
政界では田中角栄が総理の時代でしたが、10月立花隆の田中角栄研究、その金脈と人脈が10月発売され12月9日総辞職した年でした。
さて34年の歴史を翻ってみてロータリークラブの魅力とは何だろうと考えます。
一口で申しますと私はクラブを構成する人間の多様性(Diversity)に尽きると思います。それぞれ違った職業に携わるひとの人間の多様性は最大の魅力です。その魅力を維持するには会員を維持、増強させる事に尽きると思います。会員の減少は魅力の減退に直結します。会員お一人お一人の努力で魅力ある人材の発掘に努めましょう。女性会員の勧誘も避けて通れないと考えます。
渡辺博行会員が喜寿の誕生日を迎えました。誠におめでとうございます。
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